大橋2丁目西側エリア


徳川時代には幕府の御用屋敷で、明治維新から1945年まで陸軍の用地でした。そのため国有地を有効活用した 学校などの公的な施設中心の地域となっています。

駒場町会4部
国際高校避難所運営協議会




2010年に閉館した国民年金中央会館の「こまばエミナース」跡地に建てられた、淡島通沿いの 「プラウド駒場」(9階建て223戸)と「藤和駒場コープ」(31戸)のほかは一般の住宅はわずかです。


淡島通沿いに「駒場高校」、「駒場幼稚園」、「藤和駒場コープ」、「プラウド駒場」、「社会福祉法人愛隣会」と続きます。駒場幼稚園の前には目黒消防団第一分団の団小屋があります。


淡島通の信号機のあるところからの道は、「都立芸術高校」跡地、「駒場東邦中高校」への入口、「警視庁第3機動隊」前を通り、東邦医大大橋病院の入口に出ます。途中目黒区教育委員会による「目黒筋御用屋敷跡」の案内板があります。 2018年6月に大橋病院が新しい建物に引っ越し、歩行者は大橋から目黒川緑道を利用するルートが多くなったようです。 第3機動隊では小学生を対象に、柔道と剣道の指導をしています。


愛隣会の施設には、「氷川ホーム」、「駒場苑」、「白寿荘」、「目黒恵風寮」、「目黒若葉寮」、「のぞみ保育園」があります。「目黒区立大橋えのき園」は氷川ホームと同じ建物になります。 この地域にはお店が一軒もないのが特徴ともいえるでしょうか。


高層の公務員宿舎「大橋住宅」(総戸数227戸)がこのエリアの中心部となり、駒場高校のグランドを見下ろすところには天覧臺の碑があります。陸軍輜重兵第一聯隊のあった場所で、 陸軍乗馬学校が1892年から1916年に習志野に転出するまでの24年間ここにあり、その間に明治天皇が11回、大正天皇が4回卒業馬術天覧のため行幸したことを記録するもので、 1928年に建立され、戦後の混乱期に破損されましたが、1981年に復元されたものです。




公務員宿舎の建て替え時には大橋遺跡の調査が行われ、ここの土地の歴史が旧石器時代に遡ることが確認 されています。近世のものでは、御用屋敷の空堀、柵跡などの遺構も発掘されました。 公務員宿舎大橋住宅の自治会は駒場町会4部になります。


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