駒場4丁目


井の頭線の北側、「目黒区立駒場公園」となっている「旧前田家本邸」を中心に、「駒場リサーチキャンパス」と周辺の低層住宅地、北側の渋谷区との区界となる航研通り沿いの商業地域になります。地図では目黒区の先端となる場所です。

駒場町会1部
駒場小学校避難所運営協議会




旧前田家本邸と周辺


重要文化財に指定されている旧前田家本邸の敷地は、国有地と目黒区所有地に分かれており、1975年以降、目黒区立の駒場公園となり、 和館は目黒区の道路公園課が管理しています。一方で、洋館は東京都所有建造物であり、都の教育庁の管理になっているというものです。 いずれも無料で入館できますが、公園は月曜日閉園、洋館内の見学は火曜日もできません。 隣接する尊経閣文庫は前田育徳会の所有で建物が重要文化財に指定されており、中に収蔵されている典籍など、国宝22件、 重要文化財77件を管理しています。




旧前田家本邸の敷地内には1967年に開館した「日本近代文学館」があり、隣接する敷地の外にも、文化的なレンタルスペース「こまばサロン暖炉」があります。


旧前田家本邸北側には、「ジェイパーク駒場」(9階建29戸)、「ヴェーゼント駒場公園」(4階建50戸)、「駒場ハイム」(8階建38戸)、といった集合住宅が並びます。

西側にある柳宗悦により1936年に開設された「日本民藝館」は、民藝の分野の作品を展示するスペースとして国内外に知られています。


南側は、1戸当たりの面積が広い3階建ての低層高級賃貸マンション「コルティーレ駒場」などの邸宅が並びます。


井の頭線の線路沿いに、東大と東工大の留学生寮があり、リサーチキャンパスでは多くの留学生が学んでいることもあって、国際的な雰囲気の地域となっています。


駒場リサーチキャンパス


旧前田家本邸の建設総責任者は前田家の評議員であった斯波忠三郎男爵でしたが、男爵は東京帝国大学航空研究所の所長でもありました。 航空研究所は旧前田家本邸完成と同じ1930年にこの地に移転し、1989年に宇宙航空研究所(現JAXA)として相模原市に移り、そのあと東京大学先端科学学技術センター としてその建物が利用されて現在に至ります。東京大学の本郷の安田講堂、教養学部の時計台同じ内田祥三の設計により1929年に竣工した 時計台が現在も使われています。 2001年に現在国立新美術館になっている六本木の場所から移転してきた東京大学生産技術研究所は、京都駅ビルなどの作品がある原廣司の設計によるものです。


2017年に六本木からリサーチキャンパス内に移転してきた「オーガニック・レストラン・アーペ」は民藝館前の東門から 入ったコンベンションホールのある建物の中です。


航研通り


山手通りと東大裏の交差点で分かれる航研通りは、渋谷区との区界となる目黒区の北端を通り、世田谷区の区界となる三角橋までです。 リサーチキャンパスが航空研究所だったことから航研通りと呼ばれていますが、宇宙航空研究所であった時代もあり、コスモス通りとかコスモ通りと呼ぶ人もいます。 駒場4丁目の北側沿道であり、集合住宅と店舗・事業所が並んでいます。


三角橋は駒場のはずれに当たり、東北沢駅から約260メートルほどの位置です。幡ヶ谷折返し所行きのバス停「松陰学園前」があり、 寿司「一貫」から始まる航研通りの沿道は、集合住宅に事業所が点在しています。「ソフィア訪問看護ステーション駒場」は この地域での訪問看護ステーションです。 リサーチキャンパス正門横に「東京和茶房」、行列のできるラーメン店「千里眼」、 絵を描く自信と喜びを与える「キミコプランドゥ」、「ファミリーマート」、「アップルデンタルクリニック」、「駒場ペットクリニック」、 イタリア食材厳選のお店「ピアッティ」、「花の木屋」のある道筋です。


これからのこととなりますが、三角橋から松陰学園、駒場リサーチキャンパスに沿って、井の頭線をくぐり淡島通りに抜ける都道補助26号線の計画に関わる沿道のまちづくり検討が世田谷区で進んでいます。


世帯数965、人口1649人


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