駒場風土記


旧山手通の西側で国道246号と目黒川の北側は 目黒区の先端部にあたり、「上目黒氷川神社」と「東大駒場リサーチキャンパス」とを結ぶエリアは、徳川将軍家と 加賀前田家とのゆかりの地でもありました。
徳川将軍が鷹狩をしていた駒場野の地に、加賀前田家16代当主前田利為侯爵が1930年に邸宅を建造したのです。 その洋館と和館は、現在「旧前田家本邸」として重要文化財に指定されており、隣接する 「前田育徳会・尊経閣文庫」では、その建物の他に国宝22件、重要文化財77件の文物を保存管理しています。
この地域は徳川時代は鷹狩場と御用屋敷、明治になってからは農業を研究する大学と陸軍施設であったことから、 「東京大学」をはじめとする多くの学校などの敷地となっています。
東京大学だけでも教職員と学生の数がこの地域の住民数を上回り、高校3校、中学校2校、小学校1校に加え、 この地域に隣接して筑波大付属駒場、駒場東邦の有名中高校があるので学生・生徒の多い地域、若い人の多い地域 となっています。
このまちは渋谷駅までも徒歩圏で、「ライオンズステージ渋谷松見坂」「NK渋谷コーターズ」 「ホテルオリンピックイン渋谷」など、渋谷のまちであるかのように表記されているこも少なくありません。 渋谷のまちとのつながりが、目黒区のどこのまちとのつながりよりも深いともいえるのです。
現在の住居表示では駒場、青葉台4丁目、大橋2丁目となる地域ですが、 災害時の避難所に指定された場所をどう運営するかという避難所運営協議会が この地区で4協議会発足しており、駒場防災会議という体制の中で4町会をまたぐ 住民のつながりがあります。
この人口約1万3千人のまちを10のエリアに分けて紹介していきます。

4月末に公開のスケジュールで現在準備中です。


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